So-net無料ブログ作成
検索選択

SMAP シングル50曲40分ノンストップ生放送ライブ [music]

素敵な夢を見させておくれ
素敵な夢をかなえておくれ

   「Can't Stop!! -LOVING-」
1991年9月9日デビューシングル発売

デビューから22年目の9月9日のスマスマ
SMAPの生ライブ、40分があっという間だった。
圧巻でした。

キムタクは最後までキムタクを貫き通す。
疲れた顔を見せずきらきら笑顔。
アイドルの凄みを見せていただきました。
かっこよかった。

中居さん、つらそうな顔をしてるのに
なんであんなに足が上がるの?
動きは一切の手抜きなし。すごい。

吾郎さん、たんたんとこなしていてすてき。
くるくるの髪はやりとげた証ですね。
剛くん、振り以外にもくるくる回ってた。
軽やかなターンがすてき。
慎吾、つらそうだったけど
ダイナミックで華やかですてき。

見どころは「たぶんオーライ」の
中居を引っ張り上げる木村と
そのあとの木村の手を取ったままの中居のターン
(ファンの総意だと確信)

「しようよ」の歌いだしで木村中居ふたりが
ならんだところも客席がわいてましたね。
くっつきそうでくっつかないところがなんとも。

きつそうだな、だいじょうぶかなと
ちょっとドキドキしながら見てたけど
5人がハイになってきた中盤から
こちらも楽しくなってきました。

ユニゾンはまだいいけれど
後半のソロは力を振り絞るかんじでしたね。

デビュー曲から順番に歌うので
必然的に最初のほうは振りもハードなわけで
(当時のままの振りだからなおさら)
半分くらいでもうたいへんそうだった。
あとになればラクになるからもうちょっとだよ
などと言いながら応援してた。

40分歌い終わり、息が上がっている5人
最初に話し始めたのは木村拓哉
MC担当中居が動けないときは必ず木村が出てくる。
中居が座り込むと隣で慎吾も座る。
リーダーひとりだけ座り込んでいる絵になるのが
きっと慎吾はイヤなんだね。(妄想)

CMをはさんで5人のコメント
木村が時間を気にせず長めに話しているのを横目に
残り何秒を計算して慎吾に合図する中居、
しっかりと応える慎吾、剛で笑いをとって、
時間ぴったりにエンド。

役割をきちんと果たす職人芸
最後までいいものを見せていただいて、
ああなんて楽しかったこと。

会場でSMAPを盛り上げてくれたファンの皆様にも
お礼を言いたい気持ちです。

☆中居さんがうつむきがちだったのは
鼻水が止まらなかったからなのね^^

* * *

「間に合った!SMAP見なくっちゃ」
と言いながら10時少し前に帰ってきた長男。
彼は1988年生まれ、SMAPと同い年。

子育て中、ドラマを見る時間がなく
歌番組ばかり見ていたハハによって
自然にSMAPに馴染んでしまった25才男子も
楽しんでた。

「姫ちゃんのリボン」子どもと一緒に見てました。
「笑顔のゲンキ」と「君は君だよ」
今でも大好きです。

 


タグ:SMAP

ザ・タイガース [music]

先週のNHK「songs」のザ・タイガース
沢田研二、岸部一徳、森本太郎、瞳みのる
世にも幸福そうに演奏する4人を見ていると
こちらまで楽しくなってきました。
きのうのライブには岸部シローも姿を見せたのですね。

cross_04.gif

【ジュリー熱望!ザ・タイガース完全再結成】

グループサウンズブームを支えたザ・タイガースの後期メンバーが、1971年1月24日の解散から41年となった24日、ラストコンサートを行った東京・日本武道館に勢ぞろいした。歌手・沢田研二(63)の全国ツアー最終公演で、昨年9月からの4カ月間、全国を回った森本太郎(タロー=64)岸部一徳(サリー=65)、瞳みのる(ピー=65)に加え、69年からバンドに加わった岸部シロー(62)がゲスト出演した。
98年に患った脳梗塞の後遺症で歩行困難のシローが兄・一徳に両脇を抱えられ、ステージに登場すると、ファン1万3000人はすすり泣き。シローは「こんなステージに立てるなんて、夢のよう。すべてジュリーのおかげや」と涙し、ビージーズのカバー「若葉のころ」をつぶやくように披露した。
あと1人、いて欲しかった。「シーサイド・バウンド」など全26曲を熱唱した沢田は「命ある限り、全員そろってタイガース。近い将来、もう一度全員でやります」と宣言。「沢田のやり方が気に入らない」と今回は不参加だった、初期メンバーの加橋かつみ(トッポ=63)も合流した“フルメンバー”での再結成を約束した。
(デイリースポーツ)

cross_04.gif

「songs」で久しぶりに聴いた沢田研二さんの声は
朗々と響いていた。
私が知っているきらびやかなジュリーのときより深みがある。
年齢をかさねると声量が落ちることが多いのに
まったく衰えずにさらに進化しているってすごい。
ふくよかな体型の賜物なのでしょうか。
(昔のファンにとっては残念なビジュアルだけど・・・)

加橋かつみさんのハイトーンボイスがないと
やっぱり物足りない。
あの声は絶対に欠かせない存在なのだと
あらためて感じました。

「若いころの仲間ともう一度一緒にバンドをやりたい」
プロ・アマ問わず、こんな風に願っている人たちが
どれほどいるんだろう。
でも、状況が許さないケースが多々あるのではないかな。
体調の問題、ねじれてしまってなかなかほどけない人間関係、
天国に旅立ってしまった人もいるかもしれない。
「songs」のタイガースも完全ではなかった。
それでも、ここにたどり着くのが簡単なことではなかったと
知っているので、ああ再結成できてよかったねと
しみじみ思ってしまうのでした。

「タイガースは僕らの体の中に
遺伝子みたいに入り込んでいる。
歌っていなくても自分の中で育っているというか
枯れないでずっと青々といるんだよね。」
ー「songs」よりー

沢田研二が現役でがんばってきたからこそ
タイガースは再結成できたのでしょう。
そしてがんばりつづけることができた原動力は
いつまでも「青々としている」思いだったのかもしれない。

もう一度やりたいという願いがかなって
さらに、それを待っていてくれたファンが
大勢いるなんて、幸福な人たちだなと思う。

タイガースが解散したとき私は10歳だった。
幼馴染女子のお姉さんが
解散コンサートに行ったこともあって
その熱狂ぶりを覚えている。
主だった曲は知っていたけれど特に興味はなかった。
ソロデビューしてからの沢田研二さんは大好きだったけど。

あの頃からずっといつかもう一度タイガースを見たいと
願い続けていたたくさんのファンの方々。
再結成、うれしかったでしょうね。

とてつもなく移り気な私は
ずっとファンでい続けるということができないので、
ちょっとうらやましいです。

以下、「songs」でのやりとりの一部を書きとめました。


TKY201201240578.jpg 

04767240.jpg

続きを読む


タグ:沢田研二

氷室京介 復興支援チャリティライブ [music]

氷室京介、相変わらずかっこよかった!
若い頃と変わらない。
1986年、初めてライブを見たときから
あのカリスマ性でステージに君臨していた。

We Are Down But Never Give Up!!

歌手の氷室京介さんが6月11、12日の2日間、
東京ドームで東日本大震災復興支援チャリティライブを開催し、
初の“全曲BOØWYライブ”を行った。
当初は50歳のアニバーサリー公演になる予定だったが、
3月の震災を受け「多くの人のエネルギーになれば」と
内容が変更されたという。

氷室京介 × NEWS ZERO 特別版
「氷室京介 震災復興支援ライブ 11万2101人の3.11 」
先日、深夜に放送されたライブ&ドキュメンタリー番組
録画したものを見ました。

「ギター聞こえないとBOØWYにならないから」
そんなふうに言っていたけれど
ファンはこう思っているはず
「“布袋の”ギター聞こえないとBOØWYにならないから」
贅沢な望みだけれど。

「Dreamin'」
一曲目でこれをやられたらたまんないでしょう。
会場、歌ってましたね。
「Blue Vacation」
“レジスタンス…”の後の布袋くんのギターが大好きだった。
「BEAT SWEET」
これもよく唄ったな~

「BAD FEELING」
TVでは流れなかったけれど演奏したのですね。

「わがままジュリエット」「1994-LABEL OF COMPLEX」
BOØWYでもっとも好きなこの2曲
今回のセットリストに入っていなかった。
もしもBOØWYの4人が揃ったら
その時に聴いてみたいです。

4人でBOØWYの曲をやればいいのに…
何らかのアクシデントでメンバーが揃わなくなるケースだって
あるかもしれないのに。
一歩先のことはわからない
この震災で思いしらされたはず。
4人だけで繰り出す奇跡のような音楽。
マイクを持つ氷室京介の後ろで
暴れながらギターを弾く布袋くんをもう一度見たい。
そして解散後にBOØWYを聴き始めた若いファンのみんなに
ステージを見せてあげたいです。

私が初めてBOØWYのライブを見たのは1986年
解散ライブが1988年
短期間しか聴いていなかったのに印象は鮮烈です。
ラストの東京ドームのときはお腹に長男がいたので
私にとってもライブは最後だという気持ちでした。
今、長男は22歳。もう少しで23
あれから23年も経っているなんて信じられない。
BOØWYの曲は古びていない。

一番好きなアルバムは「JUST A HERO」

JUST A HERO

JUST A HERO

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 1986/03/01
  • メディア: CD


筒美京平 [music]

先日、BSで筒美京平さんの特集を見た。
お顔を見たのは初めて。
ガンとして表舞台に出てこない方だったので
写真すら見たことがなかった。…と思っていたけれど、
記憶違いだったことに妹の一言で気づく
「尾崎紀世彦がレコード大賞をとったときに
出てきてたよ。お姉ちゃんも見ていたはず。」
当時、確かに見ていた。
きれいさっぱり忘れてたわけだ。

『希代のヒットメーカー 作曲家 筒美京平』
BSプレミアム 5月29日(日)後7:30~8:59
日本のJ-POPを確立した作曲家・筒美京平さん。
ヒットチャート登場曲500曲以上、1位獲得数39曲、
という圧倒的なヒット作の数々が示すように、
作曲家としてデビュー以来、
音楽ファンを魅了するサウンドを提供し続けてきた。
しかし、筒美京平その人が、
マスコミに登場することはほとんど無い。
表に立つことを嫌い、プロの職人として裏方に徹する、
その美学を貫き通してきたからだ。
その筒美京平さんが、今回一度限りという許諾のもと、
NHKの番組に出演し、初めて自らを語る。

中川翔子が言っていた。
「好きな曲、好きな曲、みんなそうだった。
この曲も、こっちの曲も、全然違うのに同じ人が作ってる。
えっ~!って小学校のときびっくりしたのを
いまだに覚えています。」
そうそう、私も小学生のころに同じように感じてた。
この名前よく見るな~と思っていた。
しか~し、しょこたんは90年代の感想、私は70年代
同じといっても25年という恐ろしきタイムラグ(〃ー〃)

山口百恵のイメージを作りあげたのは
宇崎竜童×阿木燿子
松田聖子は松本隆×松任谷由実(呉田軽穂)
筒美京平にはもっと大きなくくりが似合う。
『筒美京平イコール「歌謡曲」』
歌謡曲のイメージを作りあげた方です。

ヒットチャートを席巻する勢いはすごかった。
小室哲哉のチャート独占が記憶に新しいけれど
多くのアイドル歌手に曲を書いていた筒美京平も
同じような感じだったと思う。
アイドル歌手のデビュー曲をよく手がけてました。
個性をとらえる職人技が冴えていて
筒美京平の手がけたものが結果として
その人の代表曲になることが多かったのではないかな。

昔々、近田春夫がオールナイトニッポンで
筒美京平について熱く語っていたのを楽しく聴いていた。
今度の曲は洋楽のどこから引っぱってきたのかな~
というところから始まり、さすが京平さんで終わる解説が
大好きだった。

筒美京平さんの曲は洋楽のエッセンスを
私たちに届けてくれたのかもしれない。

好きな曲は何かなと考える。
パッと浮かぶのは「人魚(NOKKO)」
南沙織の歌には好きな曲が多かったな。
デビュー前に何が歌えるのか聞かれた南沙織が
「ローズガーデン」だけ歌えると答えたので
「17才」をつくったと番組で言ってました。
確かにイントロから出だしまでよく似てます。

太田裕美「雨だれ」を「ぎんざNOW!」で見た翌日
女子たちが集まって一緒に歌った中学の休み時間。
「木綿のハンカチーフ」は名曲だと思うけれど
舌っ足らずな声と勝ち気そうな表情が苦手だった。
椎名林檎が歌っているバージョンの方が好きだわ。

*
*
*

ジャニーズ事務所のメリーさんの手紙にはびっくり。
そういえば郷ひろみを初めとして
ジャニーズへの提供、多かったですね。


「音楽における言葉」 [music]

[佐野元春のザ・ソングライターズ]
2nd.シーズンが始まります!
それに先がけて「スペシャル・プロローグ」が
放送されたのですが…
録画したHDDレコーダーが壊れてしまったため
見ていません(;_;)

 〈放送予定〉

2010年7月3日(土)桜井和寿Part1
( Mr.Children)
2010年7月10日(土)桜井和寿 Part2

2010年7月17日(土)後藤正文 Part1
(ASIAN KUNG-FU GENERATION)
2010年7月24日(土)後藤正文 Part2

2010年7月31日(土)鈴木慶一 Part1
(ムーンライダーズ)
2010年8月7日(土)鈴木慶一 Part2

2010年8月14日(土)岸田繁 (くるり)Part1
2010年8月21日(土)岸田繁 Part2

ミスチル桜井さんとくるり岸田さんが楽しみです^^

「音楽における言葉」をテーマにするこの番組。
私は忌野清志郎さんをゲストに呼んでいただきたかった。
しかしそれはもうかなわない。
清志郎の他にも「言葉」を語ってほしいと思っていた方が
何人かいる。ミスチル桜井さんもそのひとり。
今回のゲストでうれしいです。
そしてBUMP OF CHICKEN藤原基央くん。
…こういう場所に出てくる方だとは思えないけど^^;

桜井さんはバンプのファンだと公言しています。
メンバーに入りたいほど好きだそうです^^

2000年代を総括するインタビューの中で、
「バンプは凄い衝撃だった」と自ら切り出し、
「言葉に対する美意識と、執着と、
そして同時にバンドとしての音も、凄いなぁと思う。
コンポーザーへのリスペクトも感じている」と評し、
2000年代の最も印象的だった曲として「ロストマン」を挙げた。
 (musica(ムジカ) 2009年12月
さらば00年代 10年総括インタビュー)
              藤原基央wikiより

カバーアルバム「沿志奏逢」を出している桜井さん
バンプの曲をカバーしないのは何故なのか。

「BUMP OF CHICKENに関しては、
彼ら自身が演奏しないと意味を持たないし、
説得力がないと思ってるからなんですよ。
それを僕がBank Bandの演奏で歌っても
「違うだろうな」ってことですよ。
そういうアーティストは他にもいるような気がするけど......。

「沿志奏逢 3」リリース記念 Special FEATUREより引用
http://www.eco-reso.jp/feature/bankband/index.php

onpu6.gif

最近は音楽から離れてしまっているので
桜井和寿氏の最新の楽曲などはわからないのですが
一時期、本当に大好きでした。

「つよがり」
the pillows のカバーを聴いて
うわぁ~こういう曲だったんだと再認識。
原曲は桜井さんの出だしの歌い方が苦手で
あまり聴かなかったもので…
最近のライブバージョンは絶品です。

若い頃の桜井さんでなければ
この曲を生み出すことはできなかったと思う。
でも、今の年齢の桜井さんが唄うことで
「つよがり」という曲の本質が
よりクリアに伝わってくるようです。
歌い手が楽曲に追いついたように感じる。
変な言い方だけど。

「優しいね」なんて買い被るなって
怒りにも似てるけど 違う

こういう引っかかる歌詞をポンと入れてきます。

凛と構えたその姿勢には古傷が見え
思い荷物を持つ手にもつよがりを知る
笑っていても僕にはわかってるんだよ
見えない壁が君のハートに立ちはだかってるのを

僕には見える「見えない壁」
でも君は僕がそれを見ていることを知らない
「優しい」だけではないことを知らない

あせらなくていいさ 一歩づつ僕の傍においで
そしていつか僕と真っ直ぐに
向きあってよ 抱き合ってよ
強く 早く あるがままで つよがりを捨てて

【いつか】向きあってよ
「今は」まだそうなってないと思っている。
でも傍にいたい。

いい曲です。

「the pillows」の曲だといわれたら
ピロウズらしい曲だなと思ってしまいそう。
山中さわおの男気のある唄い方、大好きです。

「ソングライターズ」で佐野元春と語り合う
山中さんを見てみたいけれど
やっぱりもう少し名前が売れている人のほうが
番組としてはいいのでしょうね…